冬の早朝の随想と浮世絵

冬空の明け方あるいは宵の口の冴えたグラデーションの美しさを見るにつけ、日本に生まれてよかった、と思う。寒くてもこの美しさは厳寒期ならではだ。ここ数日はちょうど夜のヴェールがほどける頃に月が南中していてまるで絵画のような美しさ。
やかんに湯を沸かし蜜柑を半分に切り作り置いてあるバードケーキを取り出す。餌台から突き出させたネジにミカンを刺し螺旋に巻いたハリガネにバードケーキを据える。もうひとつの餌台に穀物の飼料を入れ熱い湯で夜の間に張った水入れの氷を溶かす。冬の毎早朝のこと。自分の楽しみのために。
朝暗いうちに終えておいたほうが、お腹をすかせてわくわくとやってきた野鳥の期待(?)を裏切らない気がして、毎年そうする。雨の日は雨の日なりに。雪の日はことさら少しサービス気味に。一番に到着したヒヨドリは誇らしげに高くさえずる。鳴いてないではやくお食べ。
(自分以外の)誰かの面倒を見る、というのは、ひとえに、忍耐だ。忍耐を持った、たゆまない、継続。ほんとに、それだけだとおもう。
今朝の空の美しいグラデーションを見ていてまた忘れていた(と思っていた)ことを閃光のように思い出した。永谷園の商品についていた、浮世絵カード!年端もゆかなかった私は、あれの大ファンだった。ずいぶんたくさん集めては飽きることなく眺め返していた。レトロ好きは、そんな昔からだったか。
好んで集めていたのは広重の東海道五十三次。好きな絵とそうでない絵がけっこうきっぱりと分かれていて、墨の濃淡のような雪のシーナリーや、空の美しいグラデーションのものなどが好みだった。特に青。青は、劣化しにくいのだろうか。「広重ブルー」という言葉を知ったのはごく近年のこと。 
広重は、やっぱり版画?青から、淡いニッポンの曙色へのグラデーションなど、外へも遊びに行かずに飽きずになんども惚れ惚れと眺めていたものだった。おそらく私とアートの出会いの、あれが最初だ。好きな色の帯域の由来は、浮世絵だったか・・・自分で自分を驚きをもって見つめた、早朝。
日本橋」好きだった気がする。それにしても美しかった昔のニッポン。高い建物がなく空が広く人は質実と働いていてあるいはのんびりと休んでいて。昔の生活を垣間見られる昔の絵が大好き。ワイキキ界隈の絵でも。ただ椰子と、月と、カイマナヒラと。
浮世絵、寺社仏閣の建造物、「引っ込む」という美学・・・有形でも無形でも、ニッポンの文化って、ため息が出るほど美しい。(少なくともハワイよりは)結構な時間をかけて築かれたはずなのに、驚きの速さで、品なく(!)、崩壊し続けていることをもっと憂いたい。