無趣味のすすめ・村上龍

TwitterでFollowしている@tetsunosukeさんのポストで知るきっかけになった一冊です(元々の記事は「やる気の出ない」5月に働く意味を考える − @IT自分戦略研究所)。
昔から大好きな村上龍の本だということ、自分自身「趣味」というものはあまり持てそうのない人間だなと常日頃感じていること、自分がおかれやすい環境とは異質の香りのすること(=新しい刺激をいただけそうだと直感したこと)などから、即amazonで購入しました。

まず、この本はそのレイアウトというか文字組みというかが、すごかったです(笑)上の写真が本文部分なのですが・・・B6サイズのコンパクトなハードカバーの本に、大きな文字で、上下にゆとりを持たせた文字組み、1ページに10行(笑)
なんとも読みにくいと感じましたが、これは、読後、このレイアウトにもメッセージがあるのでは、と考えました。

極めて論理的で正確な村上龍の記述は、読み間違い、受け取り違いが発生しない文章。
本の帯に「箴言(しんげん=いましめとなる短い句。格言。)集」とある通り、あらゆるムダを削ぎ落として、著者が本当に伝えたいことを最短・もっとも確実な方法で伝えてくれる本、なのだと思います。びっくりするようなレイアウトは(最大限好意的な消費者の意見かもしれませんが・笑)、このことを示唆しているのではないかな、と解釈しました。たくさん、言を重ねる必要がなかったのだと思います。
濾過されたカンフル剤のような一冊なので、自己と向き合い、自らを高めたい意識は高いのに時間がない、というような人にこそ、価値ある一冊かと思います。

総体的には、もっとも生産性高く達成される「仕事」の「隣」に「趣味」は置かれていない、ということをずっと通して言っています。「満足感」を得る為に「趣味」は助けにならない、と。仕事を満足ある結果を伴って達成したときに放出される快楽物質があれば、趣味で癒す必要などないのだ、と。・・・うんと平たく言えば「無趣味のすすめ」というよりも「仕事人間のすすめ」かもしれません(笑)

以下は、いつものようにわたくしがポストイットを貼った、感じ入った部分からいくつか抜粋します。なにかヒットするものがあれば、ぜひ読んでみてください。

「好き」は理性ではなくエモーショナルな部分に依存する。だからたいていの場合、本当に「好きなこと」「好きなモノ」「好きな人」に関してわたしたちは他人に説明できない。(中略)他人にわかりやすく説明できるような「好き」は、案外どうでもいい場合が多い。

・・・この本とは対極のスタンスの意見ですが、それを理解したうえで、「説明できないほどのスキ」を大事にしたいな、とも思っています。

オーラがある人は、滝に打たれたわけでも座禅を組んだわけでもなく、伝説を作ったのだ。

「充実した仕事のためには心躍るオフの時間が必要だ」というのは無能なビジネスマンをターゲットとして、コマーシャリズムが垂れ流し続ける嘘である。

仕事におけるファッションでもっとも重要なのは、相手へのリスペクトを表しているかどうかだと思う。

・・・この部分は、「デート」でも同様な部分があると思いました。女性がおしゃれをしてきてくれて嬉しい、と感じる男性の心理に通じると思います(笑)

やるべきことに優先順位をつける(中略)。仕事とプライベートにおけるその人の優先順位が、その人の人生なのだ。

「相手の立場に多って考える」ことが弱気な態度だと誤解されやすい。(中略)相手の立場に立ってみないと、つまり相手はどう考えるのだろうと想像力を働かせないと、交渉などできない。

この人は有用だろうかと考えるのではなく、まずあなた自身が他人から有用だと思われる人材になるべきだと思う。

・・・あらゆるシーンでいつも、考えさせられることです。

やるべき価値のある仕事を共にやっていれば何か特別なことをしなくても(中略)人間は自然に成長する。

・・・残念ながら、現実には、「本当にこれはやるべき価値のある仕事だろうか」という根本から疑問視しながらも苦渋の継続をしている、というゾーンで悩んでいる人が多いと思うのですが(つまりこの部分は理想論だよね、と思いました)。

しゃにむに「がんばる」のではなく、自らと外部との関係を考え、「外向き」に思考し、行動することが重要だと思う。新鮮な空気を吸うためには外に出る必要がある。

・・・ここで挙げられている例と全く一致しているわけではないのですが、あえて新しく冷たい水に飛び込むことが、自分の内省を大きく助けてくれるなぁ、と感じることが多々あります。

イデアは「組み合わせ」であって、発見などではない。(中略)つまりアイデアというものは常に直感的に浮かび上がる。しかし直感は、(中略)果てしない思考の延長線上でしか機能してくれない。

・・・最近実感します。「神の光臨」的な「!」は、決して「無」からは発生していないな、と。


相変らず、わたくしには耳痛い部分の多い本でした。しかしだからこそ、たまにこういうものに触れなければ、と思います。自分の周囲の、自分にまとわりつく水が体温と同じ温度に達し、それ以上上がらない「ぬるま湯」では成長しない気がして。

無趣味のすすめ

無趣味のすすめ